朝日新聞「声」投稿 テーマ「古本屋」 11月4日 朝日新聞九州版掲載

中学生の頃、「将来やりたい仕事は何なの」聞かれたことがある。「貸本屋さんか古本屋さん」と答えたときの母親の落ち込んだような顔を今でもよく思い出す。もともと体が弱かった私は絵本、文学全集、学習雑誌を好きなだけ買ってもらっていた。でも本当に読みたかったのはチャンバラ小説やマンガだったのに、学校や図書館には一冊もなかった。そんな頃友達から教えてもらったのが貸本屋兼古本屋の店だ。当時は貸本屋と古本屋の区別はあいまいで両方やっている店も多く、業者の組合も一緒だった。
初めてそこに足を踏み入れたときの衝撃は忘れられない。見たこともない大量のマンガ、時代小説、どぎつい表紙の雑誌の束、わくわくするようなタイトル、おどろおどろしい表紙絵。これまで自分が生きてきた世界とは全く違う空間がそこにはあった。
当時の私は病気がちの上に転校を繰り返していたものだから学校にはなかなかなじめず、本屋さんに入りびたりの日々が続く。お店の人から勉強を教えてもらったり、相談にのってもらったり、時には食事までご馳走になったりした。「毎日好きなだけ本を読みながらのんびりくらせたらいいなあ」そんな思いが強くなり、将来の仕事を本屋さんにしようと決心したのだった。
あれから50年、色々あって今は大学の近くで古本屋を営んでいる。毎日本を読みながらのんびりと暮らしたいという夢は実現したが、あまりにのんびりしすぎて生活のほうが危なくなってきた。それでもやっぱり本に囲まれる生活って書籍浴みたいで落ち着きますねぇ。